6月3日、気象庁が新ルールによる氾濫危険警報レベル4を、野川・仙川にも発表しました。
水位はそれほどでもありませんでしたが、水圧が高かったようで、神明橋下流左岸のアカメヤナギが根本から掘り起こされ、流れはしませんでしたが、対岸へ向かって直角に倒れました。
幸いなことに対岸へ向かって倒れたので道路への影響はなく、先端を切りおとした形で今日も残っていました。
レベル4はレベル4でした。
幸いなことはもう一つ、7年程前に河川の大改修をした野川ですが、神明橋右岸上流の立派なオオシマザクラは、レベル4の氾濫危険警報にもびくともせず、落ち着いた姿を今日も見せてくれていました。立派な河川改修工事をしてくださった東京都に感謝です。
*野川のアカメヤナギが倒れる、ビクともしなかったオオシマザクラ、夏が近づいた野川
1、野川緑地広場、(野川とパークシテイの間)
2、野川ビジターセンター(VC)前の野川右岸のオオシマザクラ
3、野川左岸、神明橋の桜並木
4、サクラのみつを吸うことり
5、野川左岸、VC前の菜の花
6、野川左岸、VC前のダイコンの花
7、野川VC前花壇のクリスマスローズ
8、VC駐車場まえの庭のオオシマザクラ二世
9、その前についた、オオシマザクラの銘板
10 四丁目緑地広場
11、四町目緑地(崖線)のシャガ
12、四丁目緑地(崖線)のミツバツツジ
1、成城四町目交差点から見た遊歩道入り口(ヒマラヤスギ)
2、入り口から遊歩道を見る
3、遊歩道正面入り口
4、車を気にすることなく、ゆったり歩ける遊歩道
5、他のしそうに、はしゃいで走る保育園児たち
6、何本か入ったサクラも満開
7、奥のみつ池がわのサクラと満開の共演
8、自転車もゆっくり押して歩く遊歩道
みつ池解放部に遊歩道が来る4月1日にオープンします。20年以上前から計画されていたものですが、所有者との契約が相続発生後にと云うことで、昨年の8月から工事が始まり、今般竣工を迎え、4月1日にオープンの運びとなりました。さわやかな林の中をゆったり歩け、高齢者や保育園児などのお散歩にもってこい、是非ご活用ください。
尚、自転車は押しての通行になるのと、わんちゃんはみつ池の貴重な動植物の保全のため、残念ながらご遠慮いただくことになっております。
最初の日曜、4月5日に4丁目交差点西側の遊歩道入り口で通り抜けのイベントが10時から行われ、みつ池を育てる会のメンバーがご案内いたします。また4月1日から、隣接するみつ池北緑地も拡張オープン、崖線の上から下の行き来が従来以上に便利になり、災害時などに便利になりました。
急に秋が深まり、野川や崖線の回りの木々や草花も急に色づいてきました。トラストのビジターセンター周辺の素晴らしい環境は実はすべて人が作った環境なのです。今でこそ、グリーンインフラと云われ、人にやさしい環境を作ろうとされていますが、これだけ全てそろった人間がつくった場所はそうはありません。
古い順にあげると、
・みつ池 江戸時代以前、野川がまだ来前を流れていた頃、お百姓さんたちが田圃に適温の水を供給するために作った。
・今の野川 昭和41年だったか、大水で狛江市役所の東を流れていた野川が大氾濫、今のところへ1km以上移して、直線だが、自然豊かな人工河川を作った。
・ビジターセンター 外環の地下化に伴ない、計画されたパークシテイの販売ルーム、住民たちの要望で、世田谷区に寄付を受けトラストのビジターセンターに。
パークシテイも環境重視に協力、世田谷区と協働で平成13年だったか、ケヤキ並木を作り、東京都や世田谷区も、外環上部を野川緑地広場に崖線部を買い入れ、四丁目緑地を造り、小田急の車庫の上部の喜多見ふれあい広場とも全てがつながる形で一大緑地広場となって居り、春の新緑、秋の紅葉と私たちを楽しまさせて呉れております。来年の春には、崖線上部の道沿いにみつ池の遊歩道が予定されており、素晴らしい新緑の中での散歩が期待されます。
「トラスト、ビジターセンターの雨庭が二つになりました」
野川や崖線の自然とはスケールが違う小さなお話ですが、最近、トラストが元法政の神谷教授のご指導で、雨水涵養の一つとして、小さな場所でも出来る雨庭づくりの勉強会をビジターセンターで実施しており、今般、二つ目をセンター北側のスペースにつくりました。雨水を下水に流すのでなく、小さな雨庭を通じて地面に浸みこませれば、大勢の区民が実行することにより、地球温暖化防止に貢献することになります。これも世田谷区が今年から取り組もうとしている、脱炭素の取り組みにつながると思います。一つ一つは小さくとも、皆で参加すれば、野川や国分寺崖線の緑や水に匹敵するものになると思います。
*ビジターセンター裏のケヤキ並木、センター前のオオシマサクラ、野川神明橋、ビジター周辺の紅葉、ビジターセンターの雨庭2点
<その1>
先日、参加して来た奥多摩檜原村の間伐材で作ったベンチ群が、成城駅中央口、コルティの2階、エスカレーターを上った直のレストスペース、と同じ2階、旧三省堂まえのレストスペースの二か所にかなりの数の間伐材で作ったベンチが完成。読書や、友人と歓談される方でうまっていた。これをきっかけに、脱炭素の取り組みが期待される。
<その2>
成城学園正門から西へまっすぐ、突き当りの大きなヒマラヤスギの下から、国分寺崖線にそって、ビール坂からの道の崖側に約300m、成城みつ池活用ゾーンに遊歩道の工事が8月末から始じまっている。完成は、来年春4月の予定。
完成が待ち遠しい。
9月7日(日)午後2時から成城学園澤柳記念講堂で、「小澤征爾に捧げる記念コンサート」が開催されました。
成城には成城学園の澤柳記念講堂とお隣の世田谷区砧支所、成城ホールに共にスタンウェイのピアノがあるという、音楽の街でもあります。
つい先日も、成城ホールで成城100年祭のイベントで、「講演とモダンジャズのコンサート」が開催されたばかりである。2時開演なので、1時半、イチョウ並木を成城学園に向かうと、すごい人の波。昔の母の館、今の澤柳記念講堂(定員1500人)は満員の盛況であった。
第一部は、新日本フィルハーモニー交響楽団、指揮、村上寿昭によるベートーベン「エグモント」序曲、続いて、交響曲第6番ヘ長調「田園」、第二部は「成城合唱団」とソプラノ三宅理恵、バリトン青山貴によるレクイエムop.48、2時間に亘る大コンサートで1500人の観衆は大満足で家路についた。
毎年実施される、年末のスタンウェイのピアノコンサートや第九の合唱も待たれるところである。
「成城コルティ」の地球気象極端化対策に協力するプロジェクトの一つとして、9月25日(木)からコルティ3Fに奥多摩檜原村の杉材でCO2固定化としてベンチを作る取り組みを、檜原村の「東京チェンソーズ」と組んで実施している作成現場見学に声がかかり、7月31日に参加して参りました。
東京都心から100KM、多摩川の源流の一つ、秋川が流れる檜原村の「東京チェンソーズ」と「成城コルティ」が組んで、ヒノキやスギの間伐材を使って、脱炭素に協力する取り組み計画が進んで居ります。
成城と奥多摩檜原村、多摩川の上流と昔の下流、共に江戸城にヒノキやスギを供給した間柄。その2者が組んで、間伐材を活用してCO2の固定化を成城でスタートする、正しく成城100年祭にふさわしい取り組みだと感激したツアーでした。
*檜原村の自然林と植樹林、実生の林を見学、間伐材の年輪、自分達の林の展望台からの眺め、快晴だとスカイツリーも、乾燥置き場、コルティ向け材の置き場、山へ入る分かれ道、途中にあった湧水、古民家を事務所に改造、間伐材を切り分ける、杉や檜から油を抽出、間伐材から油を手作りで抽出
普段、あまり、テーマに取り上げたことがありませんでした、成城四丁目崖線上部の上神明遺跡の調査が6月から8月までの予定で、ビール坂から四丁目交差点へ抜ける道で始まっています。縄文時代、みつ池のあたりには、潤沢な水源があり、古代人にとって生活しやすい場所だったと思われます。
良いものが出たら、以前、山縣邸から大型45�の器が出た時同様、自治会の2階で展覧会をやりたいものです。
もっと昔し、石原裕次郎さんが4丁目に新居を建てられた時、立派な住居跡が発掘され、やぐらを組んで、週末に区民に開放して下さった話は有名です。
*遺跡発掘調査、成城4丁目、発掘された埋蔵物1,2、発掘後の下水導管用堀
6月6日(金)、世田谷トラストまちづくりの地域共生の家「雨のいえ祖師谷」で「雨庭づくり第1回勉強会」があり中川が参加してまいりましたので、報告させていただきます。
お庭には、ウメやブドウ、キンカン、等の果物や色々な草花が、屋根に降った雨を活用した水で青々と育っていました。
お台所でも、蛇口が3つあり、検査を受けた雨水の蛇口も一つあり、ついていました。
勉強会は、その雨水を活用して、エイディブル植物9種を手作りのプランター棚を作り、上から下へ雨水を流し水耕栽培する棚をつくるものでした。ご家庭のベランダで9種の植物を栽培し、サラダなどにお使いいただこうとするものでした。成城で近々始まる「成城グリーンシテイ」にも適合する、小さな脱炭素の取り組みでした。
*雨庭作り勉強会、雨水活用、庭の花々、庭の果物、庭の花々、雨水送水、栽培用プランター棚、植え付け用植物、棚の裏側、エイディブル植物の水耕プランター棚の完成
成城では、東日本大震災の後、毎年、3月11日と11月1日に写真のようなプレートを玄関や門扉に掲げる訓練を続けて居ります。中には3枚目の写真のように3階のベランダにかかげたり、実際の災害で被害に会って、助けが必要な方は、真っ赤なプレートを掲げます。
今から100年前、家が1軒もない荒れ野原に成城の街を作った時、西洋館にはヒマラヤスギ3本、和風のお宅にはアカマツの植樹をお願いした。一区画300坪だったから出来たのですが、最後に残っていた2軒の3本セット1軒目は、6丁目、六間道路の伊東茂平さんの跡、2軒目が3丁目のこもれびの庭、S邸(旧M邸)。残念ですが、共に真ん中の1本が弱り、切らざるを得なくなったのである。
100年前、まだ小さかったヒマラヤスギを同窓会地所部が200本輸入し植えたのであるが、誰もここまで大きくなると思わず、3本セットを縦に並べて植えたのは、残念ですが、全て真ん中の1本を伐採せざるをえなくなったのです。
昨年の11月に樹の下に皆で集まってお別れ会を実施し、1月15日に切ることになりました。
成城の街の歴史あるヒマラヤスギですので、今後も皆さんで大切にかわいがってあげていだけたらと思います。
尚、この1本も乾燥させた後、喜多見次太夫堀の「木挽きの会」のみなさんが大切に使って下さることになって居ります。固定化されたCO2、大切に使わせていただきます。
*木漏れ日の庭3本のヒマラヤスギ、在りし日のヒマラヤスギ、枝おろし、本体切断開始、運び出し準備、年輪
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